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【アメリカ高齢出産】娘さん出産経験

私はアメリカで2人の子供を高齢出産しました。

アメリカで縁あって人生のパートナーに出会い、妊娠・出産をされる日本人女性。 または、ご自身やパートナーの仕事でアメリカに移住し、アメリカで出産される方もいらっしゃると思います。

外国人がパートナーの方もいれば、日本人同士のカップルでアメリカに滞在されている方など、海外で出産される日本人の妊婦さんの状況は様々です。

私はアメリカ人の旦那さんと結婚しまして、高齢出産ではありましたが、息子さんを38歳の時に、娘さんを41歳の時に出産しました。

ここでは、私の一番最近のお産だった娘さんの出産時の経験談を忘備録も兼ねて、書いておこうと思います。

将来、娘さんにもこのお話をしてあげたいと思っています。

 

 

お産の兆候は前日に始まりました

 

出産予定日の前日。妊娠後期も順調に経過していて、”出産までもう少し!”っと毎日思っていた私。

日々大きくなるお腹をみて、同僚からは”あなたのお腹はよっぽど居心地がいいのね”っと言われる日々。平和でした。

その日も普通に仕事を終え帰宅。

日本からお産扱いに来てくれていた母が夕飯の支度をしてくれていたので、旦那さんと息子さんが帰ってきてからみんなで早めの夕食。

破水!?

夕食後、下の方から何か水が出ているかんじ!?があり???と思ったのが夜の7時頃。それでも息子さんの時の破水のようにパシャっという感じではないので、気のせいか!?っと思いしばらく様子見していました。

その後、2時間ほど経ってまた水が出ている感じがあり、この時点で掛り付けの産科の先生に電話連絡。私が加入してたアメリカの医療保険は、クリニックの診療時間外でもいつでも主治医またはその代替の医師に連絡が取れるシステムがあったので助かりました。

先生曰く、出産予定日は次の日であり、いつ出産が始まってもおかしくない時期なので、すぐにお産で入院予定の病院の救急外来に行って、破水かどうかの検査とベイビーのチェックをしてもらうよう指示がでました。

この時点で、夜の9時位。

息子さんはなかなか寝付く様子もなく、今思うと何か察していたのかな?っと思います。

”ママのお腹が痛くなったらママが病院に行くんだよ”

っということは以前から息子さんには話してはいたんですが、いざその時が来ると、夜だったのもあり、不安もあったと思うのですが、ハグの後なかなか離してくれない息子さん。

母が来てくれていて本当に助かりました。

”もうすぐシスターに会えるよ!”っと話をして、どうにか息子さんも納得して旦那さんの運転する車で病院へ。

 

いざ!病院の救急外来へ

お産予定の病院に到着後、旦那さんが車を駐車している間に、ロビーにある患者受付で主治医から救急外来を受診するように言われた旨を伝えました。

すでに出産入院の為のプレレジストレーションをしてあったので、名前とIDの確認後、すぐに2階の産科に行くよう言われました。エレベーターに乗って産科のへ。

産科の入り口はセキュリティの為、鍵がかかっているので、専用のベルを鳴らししばし待ちました。 数分後、中に入るスタッフが、自動ドアをあけれくれたので、ここで産科専用の受付をしました。

受付の人に自分のID(州で発行されている運転免許証)、医療保険のカードを表示しチェックインの手続きを開始しました。

受付の方から、来院の理由を聞かれ、明日が出産予定日で、すでに破水しているかもしれないので、掛り付けの産科医の指示で来るように言われたことを伝える。またこの時で妊娠糖尿病であり食事両方を妊娠28週目からしていることも再度伝えました。

ナースが奥のオフィスに行って何か電話で話をしていたのですが、主治医の産科の先生が電話をしてくれたらしく、この後、ことが運ぶのがスムーズで助かりました。

また私の情報は、息子さんの出産や娘さんの妊娠中にかかった”肺炎”で入院していたこともあり、すでに病院のシステムに入っているので、患者用のファイルを一から作成する手間がなく、助かりました。

その後、コンセントフォームにサインをして受付終了。待合室で待つ。

私が到着した時には1組のカップルが座っていました。

少したって、ナースに名前を呼ばれてインテイク(問診)のお部屋へ移動。

入院時のインテイク(問診)

インテイクのお部屋には簡易ベッド(緊急の場合にはストレッチャーにもなるもの)、各種モニターが備え付けられていました。

体重測定、バイタルサイン(血圧・体温・脈拍)の測定をする。

英語で記載された問診票への記載をすませると、その後、担当ナースが問診票に沿って確認のための質問攻めが始まる。(苦笑)

・主治医はだれか?

・妊娠の既往、現在の妊娠についての質問

・妊娠糖尿病についての既往とマネージメントについて

・現在飲んでいる薬はあるか?

・薬のアレルギーはあるか?

・過去の病歴と手術歴など

基本的、しかし大事な質問を聞かれ答えていく。

パソコンがベッドサイドにあるので、ナースは聞きながら私の答えを次々と入力していく。

その後、出ている水のようなものが羊水(破水)かどうかの検査をするということで、ナースがキットを持ってきて内診をしようとその姿勢をとったそきに”ばしゃ”っと。(苦笑)

破水の確認ができ、”出産の始まり”っということで分娩室へ移動と成りました。

 

いざ分娩室へ

インテイクのお部屋から、車いすで分娩室に移動しました。 分娩室といっても、いよいよお産が佳境を迎えるっという時にベッドを分娩台として形を変えられるようになっていることと、新生児用のベッドがすでに準備されている以外は、見た目は全く普通の病室で、緊張とかはありませんでした。

旦那さんや家族も自由に出入りできますし、病室内のソファーで休むこともできます。

入院後、まず初めに点滴が開始されました。 この入院では、最初に担当になったナースが1回で点滴を入れてくれて良かったです。 (以前に”肺炎”で入院した時は点滴漏れで大変だったので、、、。) この時点ですでに日付が変わっていて、出産予定日当日の午前1時くらいです。

ナースによって胎児モニターと子宮収縮を感知するモニターもお腹に付けました。 その他、定期的にバイタルサインを測る為の血圧計、酸素モニター、などなど、 たくさんのラインにつながれました。

点滴をしているので、トイレの回数が頻回で、 その都度すべてのモニターをはずさないと行けないのがちょっと大変でした。

旦那さんもずっとついていてくれて、車から荷物を持ってきてくれたり、 身の回りのことを助けてくれました。

この時点では、ほとんどというほど陣痛はありませんでした。

私の状態が比較的落ち着いているうちにたくさんの書類にサインしました。

  • 娘さんの予防接種について
  • 臍帯血のドネーションをするかどうか
  • 産後、胎盤はどうするか

など。

事務的なことは旦那さんがほとんど手続きをしてくれたので助かりました。

ちょっとお腹が減ってきたのですが、息子さんの出産の時に食事をとって、その後吐き気を催した苦い経験があるので、今回は水分補給以外は口にせず。今思うと、ゲータレードなどのスポーツドリンクなどがあったほうがよかったなーと思いますが。

無痛分娩 VS 自然分娩

アメリカではとても良く使われている無痛分娩の硬膜外麻酔(エピ)。

友人からは無痛分娩で出産時の痛みが少なくて、産後とても楽だったっというお話も聞いていました。

私自身は、自分の背中に腰椎穿刺用の針が入っていくのをイメージしただけで、身震いする感じでそれに伴う痛みを考えただけで、無痛分娩にはもうネガティブイメージいっぱいでした。

またエピについては、使用のタイミングが良くなくて、麻酔があまり効かなかった、とかお産が長引いた感がある、、、という話も、聞いたり読んだりしていたので、娘さんの分娩の時も息子さんの時のように自然分娩でいくことを決めていました。

しかし、アメリカで多くの人々が希望するエピ。それは私のお産の時も例外ではなく、幾人ものナース達が、何度も痛み止め(エピ、)を使いたかったらいつでも言ってねっと聞いてくれました。

しつこいなーっとは言いませんでしたが、それは元々使わない予定だったのでNoで通しました。

微弱陣痛と陣痛促進剤

破水からすでに数時間たっていましたが、陣痛がほとんど感じられず。

陣痛と胎児の心拍数を表すモニターと子宮の収縮を見るモニターをつけていたのですが、本当に陣痛らしい陣痛がきません。

私が最初に水っぽいものが降りてくるのが感じられたのが前日の午後7時頃だったので、それを破水と見るとすでに6時間近く経っています。

っということで、陣痛を促進する為に、午前2時の時点でオキシトシンの点滴が開始されました。点滴のラインはすでに入っていたので、側管を使って開始。

 

この時点で2人目のナースに変わりました。 陣痛促進剤が開始されても、最初は特に何も感じず、私の痛みのスケールの値が3−4と低いため、この2人目ナースが徐々に オキシトシンの点滴を上げていきました。 輸液ポンプの表示が2で始まったオキシトシンは最終的に6まで上がりました。

輸液ポンプの表示が6に上がってしばらくすると、強めの陣痛を感じるようになりました。

 

出産まで

強い陣痛を感じるようになってきたこのあたりで、入院してから3人目のナースに変わりました。

このナースさん、キリキリした感じがなく好感度大のナースでした。

 

3年前の息子さんの分娩の際に、破水して病院に行った為、 感染を気にして誰も子宮口の大きさを最後までチェックしなくて、産科の先生を呼んだのは、息子さんが出てくる寸前だった、、、っという苦い経験がある私。

その件を、この3人目のナースに伝え、今回は子宮口が7センチになったら、 担当の産科の先生を呼んでもらう旨を再三伝えました。 幸いにもこの3人目のナースはちゃんと子宮口の大きさをチェックしてくれ、 今どんな状態かをその都度説明してくれたので、助かりました。

それからしばらくすると、No2が出たくなる感じが出てきました。 ナースによるとそれはベイビーだよっっとのこと。 この時点で子宮口は7センチとナース。

 

ナースが担当の産科の先生に私と旦那さんの目の前で電話してくれました。 "She is on her way." だいたい15−20分で到着のこと。 この時点で、だいたい午前5時くらい。 旦那さんにお願いして、私の職場の上司に分娩が始まったので、 今日から仕事を休む旨のメールを入れてもらいました。

陣痛は徐々に強くなってきました。 途中、旦那さんが頭をさすってくれていましたが、 吐き気のような感じがあったり、痛みがあったりで、 もうそれどころではなく。 フォーカルポイントのテデイベアを右手にしっかり握って、 いかに陣痛の痛みを逃がすかに焦点を絞っていました。

クラスで習った呼吸法、ホント頑張ったよー!

息子さんの分娩の時は全くの自然分娩で陣痛誘発剤とかは使わなかったのですが、 今回はその時とは全く違う陣痛の痛みで、ほんと”痛み”っという感じでした。

時間的にはそれほど長い時間ではなかったと思いますが、陣痛の痛みと戦っていると、やはり長く感じるものです。

産科の先生がまだ来ていなくて、ナースが再度電話すると、 ”今駐車場”っとのことで、後5分ほどとナース。 やっと先生が病室に来たときには私も旦那さんもほっとしました。

しかし、ここからが大変です。 陣痛と、夜寝ていないのと、空腹(息子さんの出産の時の教訓で食べないようにしていた)と、すべてが重なりあって、息むときに、思うように力が入らないのです。

 

ベッドを分娩台に変えて、(分娩室は実際のお産が始まるまでは普通のベッドで、いざ出産!っという時にベッドの下の方を分娩のために形を変えることができるので、違う場所やベッドに移動ぜずに済む)その後 ”足を足台に上げて”っと言われても、それが出来ない。 大変でした。(苦笑)

それから間もなく、先生からプッシュOKの指示が出て、 陣痛とともにプッシュ。 だけど、疲れていてなかなかうまく力が入らない感じ。 旦那さんが隣で手伝ってくれていたので、なんとかなったという感じです。

、、、、そして、ついに娘さん、この世に誕生! 最初は皮膚の色が青くてちょっと心配しましたが、 元気いっぱい大きな産声を上げて生まれてきてくれました。 旦那さんもずっとついていてくれて、臍帯のカット、今回も倒れることなく無事に出来ました。 臍帯のカットを旦那さんにしてもらいたいというのは、私が希望していたことなので、息子さんの時も今回の娘さんの時も旦那さんが臍帯のカットをしてくれて良かったです。

血を見ると倒れそうな旦那さんですが、ナースや先生が環境をよく整えてくれるので、助かります。

 

出産直後

娘さん誕生直後、私は分娩台で体をキレイにしてもらった娘さんを抱っこ出来ました。 とっても小さい、でも力強く、ヒトの生命力ってすごいなっと思いました。

娘さんとご対面の最中も後産(胎盤のお産)や、会陰裂傷の縫合の処置が続きます。 息子さんの時は全く痛みがなかったのですが、今回は局所麻酔の痛みや処置をしている感覚がしっかり分かりました。

娘さん誕生後、すぐに娘さんを抱っこして、スキンシップをはかれて良かったです。 初授乳もこの時に行います。

カンガルーケアですね。

息子さんの時の経験があるので、私は少し自信がありましたが、 娘さんは何もかも初めて。うまくできるにはちょっと時間がかかりそうな感じでした。

分娩室のナースが分娩後のベッドの準備ができ次第、 そちらに移る旨を教えてくれましたが、2−3時間かかる模様とのこと。 この日はたくさんのお産があったようで、ナース達も病棟も忙しそうでした。

出産後、経過は順調だったので、 私の母への出産の報告と、息子さんをプリスクールに送るため、旦那さんは一時帰宅。

全てが終わってホッとしました。

娘さんのケア

しばらくすると、新生児室からナースが2名来て、娘さんのケアを始めました。 身体測定、体のチェック、予防注射など。 身体測定の時は、私が日本人なのを察して、娘さんの体重をグラムとパウンドで表示して写真を撮ってくれました。この辺はナースも慣れた感じです。

身体測定後、また娘さんを抱っこ。 しかし、私、この時には疲労がピークに達していて、抱っこしながら寝そうになり、危ない危ない。(苦笑) そこへ一時帰宅した旦那さんが帰ってきました。 2人でしばし、娘さんが無事に生まれたことに感謝するとともに、今回の分娩を振り返って、談笑。 超高齢出産でしたが、無事に出産が終わって、本当に安心しました。

産褥病棟への移動・そして休息

しばらくして、担当のナースエイドの人が車いすを持ってきてくれて、産褥病棟へ移動。 私は娘さんを抱っこして、旦那さんは荷物を持って、ナースエイドさんについていきます。

病室へ移動後、今度は病棟のナースが挨拶に来て、私のバイタルサインの測定。 この時に、ベイビーを病室から連れて行ける・連れてくることが出来るのは ピンクのネームタグがついた人だけ、っという説明を受ける。

ベイビーの誘拐や連れ去り防止の一環とのこと。息子さんの時も同様の説明がありました。

私はお腹が減っていたので、何か食べる物がないか?っと聞くと、クラッカーとジュースを持ってきてくれ、朝ご飯も手配してくれるとこのこと。 助かった。 妊娠糖尿病で血糖値の測定をしていましたが、出産後はしなくても良いという産科医の指示でそれも無し。

その後、ピンクのネームタグのナースが娘さんをお風呂に入れるということで連れて行きました。

私はここでしばしの休息。旦那さんもカフェに朝食を食べ行きました。

娘さんはきれいになって、コットに入れられて病室に戻ってきました。

すっかり気持ちよくて眠っている娘さん。 パパとママのところに来てくれて、ありがとう。

その後は、正常の分娩だったということで、2日間の入院後に無事退院。 ここはさすがアメリカという感じで、出産入院の期間はとても短いです。