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ナースママるみのハワイライフへようこそ! Welcome!

初めまして!

ハワイで海外子育て中、働くママブロガーのるみです。

私のブログに来ていただいてありがとうございます!

 

私のブログは、私が今まで経験したことを書いてる雑記ブログです。

*ハワイ生活

*海外で高齢出産+育児

*日本とアメリカの看護師のこと

*アメリカ留学と英語取得について

*スポーツ医学やアスレティックトレーナーについて

などが主な内容です。

私のこれまでの経験が、どなたかの参考になればと思っています。

どうぞ宜しくお願いします。

 

もっと詳しいプロフィールを見たい方は、続き↓をどうぞ!

 

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私について

40代主婦。アメリカ人の旦那さんと国際結婚。現在、ハワイ在住。

旦那さん、息子さん、娘さん、私の4人家族です。

 

日本で看護師として働いたあと、スポーツ医学を学ぶためアメリカへ留学。念願だったアスレティックトレーナーとなりアメリカの高校で働く。

 

アスレティックトレーナーとして働く傍ら、アメリカのナースの資格を取得しました。

子供が産まれたあとは、勤務時間が不規則なアスレティックトレーナーから、定時で終わるクリニックで、ナースとしてフルタイムで働くワーキングママです。

ちなみに、アスレティックトレーナーとしてもパートタイムで働いています。

 

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幼少期

北海道の田舎町で育つ。3人兄弟の真ん中。

水産加工の自営業をしていた実家はその当時それなりに裕福でした。


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しかし、私が8歳の時に両親が離婚。

姉と私は母方へ。弟は父方へ。兄弟が離れ離れに。これは悲しかった。

海の町から山の町へ引っ越し。母子家庭の生活が始まりました。

 

引っ越してから最初の頃の生活は、ちょっと大変でした。

"貧しい" という言葉について体感勉強できた感じです。

それでも、母方の祖父母や親戚によくしてもらって、生活は出来ていたし、ぐれたりすることもなかったですね。

勉強もはわりと良くできた方でしたし。

ただ小学校低学年の時は体育が苦手でした。(苦笑)

この頃から中学校ころまでは、 ”お父さんがいないから”っと言われるのが嫌で、なんでも頑張っていた子供でした。超がつくほど真面目な子供でした。(苦笑)

 

私はこれまでの人生の中で、沢山のよい出会いに恵まれているにですが、

小学校・中学校では、教育に熱心なよい先生方に恵まれまれて育ちました。

 

小学校では兄弟学級と言って、1年生から6年生までを8組に分けたクラスがあって、それで紅白対抗(1〜4組が紅組、5〜8組は白組)の運動会をしたり、組ごとに米作り、野菜の栽培などを習いました。

秋には収穫したもち米と野菜を使って餅つき大会。

その当時の先生方や父兄の方々のご協力には本当に頭が下がります。

 

バレーボールとの出会い

小学校高学年の時にオリンピックの女子バレーをみてとても感動し、高学年の時にはミニバレー部に所属。

小学校の卒業文集の将来なりたい職業には、”バレーボール選手と教師”でした。

 

もちろん中学校ではバレーボール部に。

まー、部活に入るには母の強い反対があったのですが、姉のおかげで、トップクラスの成績を維持するっという条件付きで入部決定!

私はバレーボールがしたくて、毎日、学校に行っていました。(苦笑)

 

そんな青春していた時期もあっという間に過ぎ去り、気がつくと高校進学の3者面談が近づいていました。

地元の高校に進学の予定の私でしたが、友人に学区外の衛生看護科のある学校を一緒に受験しよう!と誘われる。

私は、全くそんなこと考えもしていなかったのですが、彼女が一緒なら、、、っと思い、3者面談では、衛生看護科のある学校に行くということを先生に告げる。

母にとっては寝耳に水。

まー成績は良かったので、その高校へは学校推薦をかけてもらい無事に入学。

しかし、出前の友人は親の反対があり、結局に元の高校へ。

 

人生ってホント何が起こるか分からないものだなーっと

今振り返って思います。(苦笑)

 

高校・看護学校時代

推薦入学で私が入った、衛生看護科の高校は当時 女子高でした。

現在は男子生徒の入学も許可されて、共学になっています。

道内各地から遠隔入学してきた人が数多くいました。私もその一人。

寮での生活が始まりました。

 

看護の勉強は大変でしたが、寮で同室になった先輩達が良い人達で、またよく勉強する人達だったので色々教えてもらいました。

また、道内各地から集まった同級生にも恵まれました。

 

在学中も大嫌いな数学で赤点をとって、補習授業と再テストを受けた他は、それなりに順調。特に看護科のテストはたくさん勉強しました。

無事に卒業し、その後、准看護師免許も取得。

 

高校時代はもちろんバレー部に所属。

高校2年の時にブロックの着地の際に足首を捻挫。1ヶ月のギプス・松葉杖生活を送る。ちょうどこの時期に読んでいたバレーボール雑誌にスポーツ医学のことやアスレティックトレーニングについての記事があり、その存在を知りました。

当時、私は何を思ったのか、その記事を書かれた、日本で初めてアメリカのアスレティックトレーナーの資格を取得された、鹿倉二郎さんに手紙を書きました。

アスレティックトレーナーにはどうしたらなれますか?”っと。

そうしたら、なんと! 

お返事がきましてね。 もう驚きました。👀

 

そしてわかったことは、アスレティックトレーナーになるためにはアメリカに行かなくちゃいけないっということでした。(現在は状況が変わってきて、色んな選択肢がありますので、ご興味のある方は、各自調べてみてくださいね!)

 

高校卒業後は、正看護師になるべく看護学校にも行き、20歳で晴れて正看護師として地元の病院で働き出す。

5年間の寮生活、看護の勉強や実習はとても大変でしたが、”同じ釜のご飯を食べた”友人たちに助けられました。

 

看護学校卒業後は、お礼奉公のため、地元の病院に就職。

ベテランの看護師さん達によくしてもらって、たくさん学んだ時期でした。

 

看護師時代〜北海道と東京で

テレビの影響もあったのですが、ずっと、看護師の花形である救命(その頃は若かったこともあって、救命がナースの花形だと思っていた。実際にはいろんな形の花形があると今ではわかるのですが)で働きたいと思っていました。

 

その思いが捨てきれず、地元で就職して数年後、救命センターへの転職のための準備を始めました。

その当時は今のように、転職のエージェントさんとかはなかったので、各病院の求人を一つ一つ見たり、電話をしたりして、履歴書を出す日々が続きました。

日常勤務の合間をぬって、情報収集をしていたので、とっても時間がかかり、焦りばかりを感じる毎日でしたし、そのプロセスにフラストレーションを感じていたのを思い出します。

最終的には、運命の出会いともいうべき出来事に恵まれ、東京にある大学病院の救命救急センターへの採用が決定し上京しました。

 

私が配属された都内の救命センターはその当時で約80名の看護師を抱えていました。医師、その他スタッフをいれると、100人超えの大所帯。

 

北海道の田舎から出てきた私には右も左も分からない場所でのスタートで、色んな意味でとても大変でした。が、ここでも良いプリセプターに恵まれました。また自分でもすごく勉強しました。

 

また、ちょうど救命病棟24時というドラマは始まった時で、出演されていた江口洋介さん、松嶋菜々子さん、沢村一樹さんが、ドラマ撮影のために病院に見学いらていて、本人に会うことができたっというおまけもありました。(笑)

 

しかし、大都会東京のにある大学病院の救命センターでしたから、搬送されてくる患者さんの数も状況もすごかった。

北海道の田舎にいたら多分一生見ないような患者さんたちにたくさん会いました。

 

写真は1期下の後輩たちと。

この中の一人は現在カナダでナースになるべく活動されています。


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アメリカ留学準備期間

高校で怪我をしたときから、ずっとスポーツ医学について学びたいと思っていました。しかし、看護師も大変でしたが楽しかったので続けていました。

 

救命センターで働きだして数年後、ある日、たて続けに患者さんからサンキューレターをいただきまして。

それらを読んだ時に、”あーっ、もういいかなぁ。患者さんに対して十分にできたかな”っという思いがふっと自分んの中でこみ上げてきて、申し送りの時にちょっと泣きそうになってしまいました。

 

そして、思ったんですよね。じゃ、次はアメリカに行かなくちゃっと。

スポーツ医学、特にアスレティックトレーナーの養成機関は、その当時日本にはなくて、今行かなくちゃ、ずっと行けなくなる、、、っと。20代後半でした。

 

っと言っても、英語は全く話せなかった私。

まずは日本にいるうちにできることをっと思い、同じ救命センターで働いていた先輩が授業を受けていた、英語の先生から授業を取ることになる。

英語の本を一冊渡されて、それを読んで読解するという形式でした。

 

もう一つは、英会話のサークル(同好会というのかな?)に入っていました。

Blue Bells International

 

英語ができる方が、ボランテイアでテーブルのリーダーとなって、週に1回、2時間ほど、英語に触れるというもの。

私はもちろんビギナークラスでしたが、こちらは話すことに重点を置いていたクラスでした。 

こちらは、週ごとの英語クラスのほかにもイベントがあって、ちょっと異業者交流会のようで、看護・医療系以外の方々との交流がとても楽しかったです。

写真は英会話のサークルのディナーで。 最高にやせていた時。(苦笑)


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いざアメリカへ留学

2001年7月に渡米。

全く英語ができないまま、の渡米でした。(苦笑)

語学学校に1年間在籍。 この年の9月にあの911があり、私がその当時住んでいたピッツバーグ市の郊外にも飛行機が墜落したり、っと、すごかったです。

この件については、また別記事で書いていきますね!

この頃に、旦那さんとも出会います、、、っが結婚するとは思ってもいませんでした。

 

1年後、なんとか必要なTOEFLの点数が取れ、ペンシルバニア州の小さな州立大学に進学し、4年間をそこで過ごしました。

自分よりも若い同級生に囲まれて勉強する毎日。英語の問題はまだまだありましたが、クラスメートたちのおかげで無事卒業。

その後大学院進学のためハワイへ。

大学院1年目の時に、長く付き合っていた旦那さんと結婚。

 

ハワイ大学の大学院在籍中は、Graduation Assistant (GA)というボジションをいただき、大学生に教えたり、ハワイ大学のトレーニングルームでも経験を積む機会に恵まれました。

このGAポジションで働くということで、授業料が免除となり、またスタイペン(お給料のようなもの)も少しでしたが、いただけたというとても恵まれたポジションでした。

ハワイ大学のトレーニングルーム(アスレティクス)でのポジションは、自分から行動を起こして、掴み取りました!

最初はボランティアとしての活動から始まりましたが、その後、ヘッドトレーナーがポジションをオファーしてくださり、正規のGAとして、働けるようになりました。

その当時、プログラム間でいろんな確執があったのですが、それでも学生のためを思って手を差し伸べてくれたヘッドトレーナーには感謝の気持ちでいっぱいですし、現在も事あるごとに、気にかけてくれるヘッドトレーナーには頭が上がりません。

 

アメリカでアスレティックトレーナー

大学院を卒業後、メインランドでアスレティックトレーナーとして採用され、ピッツバーグ市内にある、UPMC Sports Medicineで、アスレティックトレーナーとして、地元の高校に勤務しました。

Sports Training and Treatment Services | UPMC Sports Medicine

 

しかし、旦那さんの仕事の都合で、1年でハワイに戻り現在に至る。

 

ハワイに戻ってからは、マノアにある某私立高校でアスレティックトレーナーとしてフルタイムとして働く。

ここでも、良い同僚に恵まれて仕事に励む事が出来ました。

現在、ナースとしての仕事がメインになっていますが、アスレティックトレーナーとしても、同じ高校で、パートタイムとして勤務しています。

 

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アメリカでナース

2014年にNCLEX-RNにパスし、アメリカのハワイ州でナースの資格を取得。

縁あって、現在はハワイにあるクリニックでRNとしてフルタイムで働いています。良い同僚・職場に恵まれて本当に感謝の毎日。

 

アメリカで妊娠・出産・育児中 

現在は、ハワイで2人の子供の育児中。旦那さんと2人でなんとか頑張っています。

2人とも、ハワイで高齢出産しました。

無痛分娩がよく普及しているアメリカでの出産でしたが、わたしは2人とも普通分娩で出産ました。

2人とも予定日にしっかり生まれてきたというまさに奇跡。

 

息子さん、生後1−2日くらい。

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こちらは娘さん。同じく生後1−2日。

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二人とも、オバマ前大統領と同じく、カピオラニ病院で生まれました。

 

このブログを立ち上げた3つの理由

他の誰かのお役に立てれば、、、

私は現在40代の働くママですが、今までたくさんの経験をしてきました。

- 日本で看護師

- アメリカ留学

- アメリカでアスレティックトレーナー

- 国際結婚

- アメリカで妊娠・出産

- ハワイで育児中

- ハワイでナース

- アメリカ生活・ハワイ生活   etc,,,

 

これらの私の経験が、これから同様の経験をしようとしている方々の一例又は、助けとなれれば、、、っと考えています。

 

将来、自分の時間を自分が思うように使えるように

現在、私はフルタイムで働いています。仕事もやりがいがあり、職場の同僚やボスにも恵まれ、楽しく働けています。

毎月、お給料もいただいていますし、医療保険にも加入しているし、そいう点では安定しているしとてもラッキーです。

しかし、やっぱり、自分の時間全てを自分が思うようには使えてないんですよね。

自分の時間や経済的な自由を自分以外の人の判断や基準によって動かされている感が現在あります。

やっぱり、自分の時間を100%自分でコントロールできるようになりたいのです。

なんというかノマド的な生活で収入を得て、自分の時間を全てコントロールできるようになる、、、っというのが現在の目標です。

 

どうぞ宜しくお願いいたします。

 

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